DR.FEELGOOD


mail 逆襲のシャア

「なんでこんな物を鉄板に落とす?これでは、こげが張り付いて肉が焼けなくなる。宴会にならないぞ」

「カラバの連中は豚や鶏の肉を食う事しか考えていない、だから牛肉を焼くと宣言した」

僕とシャアは鉄板をはさんで対峙していた。 僕がこいつをシャアと呼ぶ度にカラバのメンバーが目を白黒させて こちらを見るが知ったことではない。大丈夫。いささか酔ってはいるが、僕はシラフだ。
 
「焼肉で肉を焼かせないなどと」

「私、シャア・アズナブルが粛清しようというのだ、アムロ」

「エゴだよ、それは」

「鉄板が持たん時が来ているのだ」

「俺達と一緒に戦っている男が、なんで牛肉だけを食いたがる?」

「牛以外の肉を食う連中は鉄板を汚染しているだけの、重力に魂を縛られている人々だ。 この鉄板は、人間のエゴ全部は飲み込めやしない」

「人間の知恵はそんなものだって乗り越えられる」

「…ならば、今すぐ愚民どもすべてに英知を授けてみせろ」

とシャアが言った。この瞬間、シャアは宴の主役となった。 いや、カラバのメンバー全員の敵になったと言った方がいいのかもしれない。

「…、豚肉を焼いてからそうさせてもらう」

僕が豚肉の皿を取ると箸を伸ばすと

「アムロ、あんたちょっとせこいよ」

カツが割り込んできた。とりあえず殴っておいた。カツはややきりもみ気味に飛んでいくと隣の席の鉄板の上に頭から落下した。なにかの焼ける音が派手にしたが、カツは「痛い、いや、あついじゃないですか!」と平気な顔をして起き上がってきた。 ああ、面の皮が厚いんだなあ。

僕はひとしきり感心したあとで話を続けた。

「焼肉のこと、知らないんだな。焼肉はいつも食通が始めるが、夢みたいな目標を持ってやるからいつも高級松阪牛しか焼かない。しかし宴会のあとでは、気高い松阪牛だって官僚と大衆に飲み込まれていくから、食通はそれを嫌って世間からも肉屋からも身を退いて世捨て人になる。だったら」

「ふふふふ、ははははっ」

「何を笑ってるんだ?」

「私の勝ちだな。鉄板を見てみたが、牛肉の肉汁は炭火の火に焼かれて焦げる。貴様らの頑張りすぎだ」

「ふざけるな。たかが焦げのひとつ、鉄板返しでかき出してやる」

「馬鹿な事はやめろ」

「やってみなければわからん」

「正気か?」

「貴様ほどグルメぶりもしなければ、焼肉に絶望もしちゃいない」

「牛肉の炭化は始まっているんだぞ」

「俺の鉄板返しの腕は伊達じゃない」

「牛肉が惜しかったら、貴様らに高級松阪牛の情報など与えるものか」

「なんだと?」

「情けない肉を焼いて食う意味があるのか?しかし、これはナンセンスだ」

「馬鹿にして。そうやって貴様は、永遠に他人を見下すことしかしないんだ」

カラバメンバーの見守る中、不毛な戦いは最高潮に達しようとしていた。

僕とシャアが罵り合っている間にも肉は次々とテーブルに並んだ。

「何、新しい皿か?来るのか?」

「アムロ! 大事焼いていた肉を食われた時のあの苦しみ、存分に思い出せ」

「情けない奴」

「何が! 貴様こそ、安い肉で無駄に味覚を消耗していると、なんで気がつかん?」

「貴様こそ」

言いながら肉を鉄板に乗せる。 しかし思ったほど肉は焼けない。さっきの焦げのせいだろうか。

「火力が落ちただと?」

シャアの言葉を聞いて僕は鉄板をどかした。 はずみで鉄板がカツの後頭部を強打したが、いま大切なところなので気にしないことにした。どうせ「痛いじゃないですか」と言うくらいで平気な顔をしているだろう。

鉄板をどかすと、そこには一面の灰が横たわっていた。火は・・・・ない。

「このくらい」

「炭火の火が消えている?ええーい」

「なんと」

「シャア」

「貴様がいなければ」

「ア、アムロ」

「うおーっ」

「火種が、消える?何っ?」

ヒートアップする僕たちの後ろで冷めた口調で店員が言った。

「そろそろお時間となります」

シャアが振り向く。

「何、戻れというのか?男同士の間に入るな」

失礼な事を口走るシャアをよそに店員は続けた。

「食べ残しは有料となります」

僕たちは鉄板をみた。

鉄板の上には焦炭と絶妙に絡み合った大量の鳥肉と豚肉、そして牛肉があった。

「ふふふふ、ははははっ」

「何を笑ってるんだ?」

「この宴会は大赤字だな。今計算してみたが、時間以内にこれだけの肉は食えん。貴様らの焼きすぎだ」

「ふざけるな。たかが焼肉の数千グラム、俺一人で食い尽くしてやる」

「馬鹿な事はやめろ」

「やってみなければわからん」

さっきもこんなやり取りをしたような・・・・と、デジャ・ヴに襲われながら僕は肉を頬張った。

うまい。さすがは高級松阪牛だ。僕は次々と箸を口に運んだ。 しかし、さすがに満腹の腹にこれはこたえる。もう限界かもしれない。

そこにカツが割って入った。

「罵り合っているだけじゃいけないよ、アムロ。それじゃ駄目だよ、野菜も食べなきゃ」

と言って大量のキャベツを鉄板に放り込んだ。 とりあえず殴っておいた。 僕の胃袋は限界を迎えようとしていた。

その時、カラバのメンバーの一人が箸を取った。

「なんだ?どういうんだ?」

「やめてくれ、こんな事に付き合う必要はない。さがれ、食うんじゃない」

「なんだ?何が起こっているんだ?ええい、こんな酔っ払いどもに松阪牛を食われるとは」

「幹事だけにいい思いはさせませんよ」

「しかし、その泥酔状態じゃあ」

「隣で宴会していたティターンズの兵まで。無理だよ、みんな下がれ」

「会費が経費で落ちるか落ちないかなんだ。やってみる価値ありますぜ」

「しかし、吐き戻しているしている兵だっている」

「駄目だ、食いすぎと胸焼けで明日欠勤するだけだぞ」

「もういいんだ。みんなやめろ」

「結局、遅かれ早かれこんな苦しみだけが広がって高級松阪牛が無駄に消耗されるのだ。 ならば宴会の参加者は、自分の金で牛を買って自然に対し、幹事に対して贖罪しなければならん。アムロ、なんでこれがわからん」

そうしている間にもカラバの宴会場には次々と協力者が入ってきた。大変な人口密度だ。

「こ、これは、息が苦しい。人の密度が集中しすぎて酸欠をおこしているのか? なのに、恐怖は感じない。むしろあたたかくて、安心を感じるとは。 しかしこれだけ集まった人間が宴会の会費を払おうとせんのだ。それをわかるんだよ、アムロ」

「わかってるよ。だから、カラバのメンバーに僕の財布の貧相さを見せなけりゃならないんだろ」

「ふん、そういう男にしては牛肉ばかりを食っていたな、え?」

「俺は高給取りじゃない。目の前の牛肉を見て見ぬふりなどできない」

「そうか、カラバの連中はスポンサーを求めていたのか。 それで、それを私は迷惑に感じて、採算を度外視した肉を買い込んだんだな」

「貴様ほどの男が、なんて器量の小さい」

「あの牛肉は私のボーナスをはたいて買ってきたものだ。その肉を一人で食い尽くしたお前に言えたことか」

「ボーナスで?あの肉が?うわっ」

僕の記憶はそこで終わっている。 後でハヤトに聞いたら僕とシャアは酔いつぶれて同時に倒れてイビキをかきだしたそうだ。

僕は畳の上に倒れた。 薄れ行く視界の片隅でカミーユが黙々とカクテキを頬張っていた。